外食産業向け器提案の第一線で、45年。
器ひとつで、店の印象は変わる。
その本質を見つめ続けながら
500店舗以上の料理店と向き合ってきました。
器は店の品格を形づくる、大切な要素です。
北陸を回り続けた日々
若い頃は北陸を担当し
キャラバンに乗って各地を回る、行商の仕事をしていました。
本来であれば、もっとラフな格好でもいい仕事と思われるかもしれませんが
高級料理店や、ホテル、旅館を回るので、背広を着て、
きっちりとした装いで一軒一軒を訪ねていました。
毎年背広を新調して、大変でした。
でもそれが、器や、料理人が作る料理に対する礼儀だと思って、続けてきました。
有田焼とともにあった時代
バブルの頃、
有田焼は飛ぶように売れた時代がありました。
接待の場では、器もまた「おもてなし」の一部。
人と人が向き合う時間の中に、
自然と器が存在していました。

しかしその後、
バブル崩壊、コロナ、そして現在の物価高、
器の業界にとっても、
良いとは言えない出来事が続きます。
本当に、大打撃で、それは今も止まらないですね。
それでも続けてきた理由
お客様からお困りごとを聞いて、
それに対して「すべて対応できます」と伝えたとき。
その瞬間に見せてくださる、お客様の安心した表情や、喜びの笑顔。
「馬場さんなら何とかしてくれる」
「困ったら馬場さんに連絡しよう」と
連絡を下さるご縁が本当にありがたかった。
「役に立てた」と感じるその瞬間が、何よりのやりがいでした。
その積み重ねが、今につながっているのかなと思います。
器と共に歩んだ45年

| 年代 | 歩み |
| 1964年 | 河内商事 |
| 1973年 | 株式会社村上商事 |
| 1983年 | 株式会社瑞祥 |
| 2008年 | 株式会社松華堂 |
| 2012年 | 株式会社セントラル |
| 2019年 | ギャラリー美種 設立 |
株式会社瑞祥・松華堂では、有田焼の産地問屋の営業として勤務し、株式会社セントラルでは、通販業務と営業を経験し、当時の知識と経験を活かし、ギャラリー美種を立ち上げました。
産地、商社、現場。器の流通と料理店の現場、その両方を見てきたからこそ
器を売るだけではなく、料理店の格を整える提案を大切にしてきました。
ギャラリーに並ぶ器

ギャラリーには、
長い年月をかけて集めてきた器が、所狭しと並んでいます。
カタログでは伝わらない質感や重みを、
手に取りながら選ぶことが出来るギャラリーです。
依頼を受けて、一つの器が生まれることもあります

切り絵作家から、自身の作品を有田焼に付けることは出来ないかと相談をされ、実現した貴重な作品。
器は、ただ使うものではなく、想いや背景を形にするものでもあります。
そうした一つひとつの対話が、かけがえのないご縁となっています。
一人ではなく、二人で

この場所は、
一人で築いてきたものではありません。
長い時間を共にしてきた家内とともに、
支え合いながら続けてきました。
私は事務の事が全くでして、家内に任せきりです。
1人では到底続けることは出来ませんでした。
今もギャラリーの整理は、二人で力を合わせて取り組んでいます。
長年お付き合いのある料理人や仲間との記録

かつて同じ時間を過ごした仲間たちとの、懐かしい、大切な記録です。

場所が変わっても、
関係は続いていく。
みんなそれぞれの人生ですが、つながりがあると励みになります。
見続けてきたもの

長い年月の中で、本物を見続けてきた経験。
その積み重ねが、お客様からの信頼につながっていると思っています。
今、そしてこれから
これからこの場所は、
少しずつ形を変えていきます。
広げるのではなく、
無理に続けるのでもなく、
大切にしてきたものを、
静かに手渡していく時間へ。

料理人の方、器を愛される方へ
私は今年(2026年)で85歳になります。
おかげさまで元気に現役でおりますが
少しずつギャラリーを整理し始めております。
約3500点もの器は、
必要な方へ届けていけたらと思っています。
ご縁がありましたら、どうぞご連絡下さい。
お待ちしております。


